これはロイター通信が作成したイラクの医療事情レポートを翻訳したものです。
アラビア語版https://ara.reuters.com/article/topNews/idARAKBN20P1ZF
英語版https://www.reuters.com/investigates/special-report/iraq-health/
バスラの小児がん病院の壁には、子ども達の写真が掲げられている。ほほ笑む子ども達の写真は治療がうまくいった子どもたちの写真だ。多くの写真はほほ笑む子ども達の写真だが、悲しみを表す黒い帯に包まれた写真もある。それは亡くなった子ども達の写真だ。
ヒシャーム・アブドッラーは息子のムスタファ(14歳)の看病のために仕事を辞めた。また薬を工面するために家族が持っていた高価な家財を売り払った。健康保険に一切加入していない彼はブラックマーケットで薬を購入するため、また国外の病院での治療のためにこれまで12万ドル(約1300万円)費やした。このような状況のため一家5人は彼の兄弟の家に居候している。
ヒシャーム・アブドッラー
「神に称えあれ。息子が『痛い。』と言って苦しまずに済むのなら、道端で眠ることも厭わない。しかし、これはあんたや俺個人がどうこうできる問題じゃない。国でなければ対処できない問題だ。」
イラクの保健サービス体制は危機に瀕している。薬品不足や医療ケアを行うための人手不足に悩まされ、さらに数千人の医師による国外脱出がそれに拍車をかけている。イラクの平均寿命や小児死亡率は近隣諸国と比べても劣る。
(下の表は左より乳児死亡率・出生時の平均寿命・医療支出 についてのイラクと世界、中東と北アフリカ地域との比較。クリックすると大きくなります)
今年になってイラン国境から新たな脅威が出現した。イランでは既に数十人が感染し、死亡する至った新型コロナウィルスである。感染者の中にはイラン保健省副大臣もいる。イラク政府はこれを食い止めるためにイランとの国境を封鎖したが、イラク国内でも感染が確認され始めた。
イラクにおける医療体制崩壊の内実を探るため、数十人の医師、患者、関係各所の責任者や民間の投資家らの話を聞き、またイラク政府や世界保健機関が出しているデータの分析を行ったが、問題は複雑である。
過去30年の間に続いた戦争や経済制裁、宗派闘争、またイスラム国の台頭などで国は荒廃している。しかし、比較的安定していた時期においても保健体制の復興や拡張を行うせっかくの機会が失われていたのだ。
例えば2019年、イラクはある程度安定した年だったが、その年に政府が保健分野に割り当てた予算は、1,065億ドル(約11兆7千億円)の国家予算のうちわずか2.5%(266億ドル/約2,900億円)に過ぎず、中東の近隣諸国の保健関連予算と比較しても僅かである。一方で治安関連の予算には18%、石油関連の予算には13.5%が割り当てられている。
また世界保健機関のデータによると、過去10年の間のイラク政府による国民一人当たりに対する保健サービスの平均支出額106$(約11,660円)である。この支出額はイラクより貧しいはず近隣の国よりも少なく、ヨルダンでは304$、レバノンでは649$である。
昨年(2019年)の8月にアラー・アルワーン前保健大臣はこう述べている。
「イラクの保健サービスは過去30年から40年の間に大きく衰退した。その理由一つとして、成立した一連の各政府が保健分野に優先順位を置かなかったことが原因だ」
「イラクにおける保健分野の優先順位の低さは、それを示す指標を見れば明らかだ」
かつて世界保健機関の高官として務めたこともアラー・アルワーンは、1年間保健大臣を務めたが、この間に抗うことのできない汚職を目の当たりにし、また彼の改革に反対する者たちのから脅迫も受けた。結局このインタビューの翌月(2019年9月)に彼は保健大臣の職を辞することになる。
昨年度の終わりごろからバグダードやバスラなどの南部地域で民衆運動が爆発した。数千人の市民が国の資源を無駄にし、中流層を貧困層へと追いやった原因とされる政治システムの改革を求めたのだ。
-第2回に続く-