イラク支援:難民の子供たち

マルチシムーニ教会クリニックで患者記録の整理を行うバン・ガーニム・ラフマーニーさんからメッセージを頂きました。

彼女も現在アルビルで避難生活を送っています。

 

避難民の子供たちはどうなる?

難民問題に携わる人々は子供たちのことを真剣に考えているのでしょうか。三派閥(クルド、シーア派、スンナ派)の指導者たちは「子供たちの子供らしさ」を守るために、または彼らにとって最善の状況を保証するために尽力してくれたのでしょうか。それはわたしにとって大きな疑問です。

インターネットで国際ニュースを見ていたところ、あるウェブサイトのニュースが私の目を引きました。それは『世界子供の日』を報じたものでした。音楽や色鮮やかな風船や芳しい花々や、小道を照らす蝋燭といった様々なプログラムによってそれは構成され、子供の未来の暁を祈るものでした。しかし、音楽と共に『世界子供の日』を祝う世界中の子供たちの姿の中にイラクの子供たちがあったでしょうか。

 

アインカワ地区の難民キャンプ

 

イラクの子供たちは、彼らの音楽は銃撃や爆撃による喧騒であって決して喜ばしいものではありません。彼らにとっての風船とは爆弾であり、彼らにとっての蝶蝶とは飛び交う鉛玉であり、彼らにとっての鳥とは戦闘機の隊列です。そのような子供がこの世界のどこにいるというのでしょうか。私たち大人が『子供の子供らしさ』を壊した張本人に他なりません。イラクの子供たちは確かな教育や医療、また保健サービスや清潔な住まいを持てない子供たちです。『子供の子供らしさ』に対する侵害はとどまるところを知らず、それどころか、こうしたこと問題は治療や予防や経過観察すら許さない諸々の病や諸問題を引き起こし、取り返しがつかぬほどになりました。イラクの子供たちは物言えぬ被害者です。

政治家や指導者の皆さん、いつまであなたがたの茶番が続くのでしょうか。イラクの子供たちが世界の他の子供たちと一緒に風船や花々や蝋燭、また穏やかな音楽によって『世界子供の日』を祝福できる日を迎える夢は一体いつになったら叶うのでしょうか。

 

 

可哀そうなイラクの子供たち・・・。

避難民の多くが彼らの子供たちをやむなく働かせています。中には青年にすら満たない子供だっています。こうした子供たちがあまりにも早く市場や通りに出て、生存競争に加わることを余儀なくされています。そして彼らの多くが肉体や精神の成長にとって、とても十分とは言えないような僅かな糧のために諸々の重労働に酷使させられています。そして本来は義務であり、無償であるはずの教育を受ける機会を奪われてしまっています。

 

子供たちの『教育を受ける権利』が失われた時、社会の発展は止まり、閉塞が始まります。ある子供たちは成人になる前に死んでしまうかもしれませんし、また別の子供たちは立つこともままならぬような、誰かの世話を必要とするような身体障碍を抱えることになるかもしれません。世間は目覚ましい科学の進歩に注目しますが、イラクの子供たちは最低限の人権すら奪われています。

 

イラクはたくさんの戦争や政治腐敗を経験してきました。しかし、そうした歴史が一部の者たちに失業や暴力が蔓延る国の危機につけ込むことで得られる旨味を覚えさせてしまいました。国は非生産的な行政計画のために公財も私財も無駄にして負債を積み上げましたが、それを今の子供たちである彼らが背負わねばなりません。子供の多くは家族の困窮を理由に搾取されています。幼い時期から労働力として数えられる子供たちの苦痛は増しています。彼らの中には8歳から12歳というあまりにも幼い年齢にも関わらず大人たちが抱える問題に巻き込まれてしまっている子供がいます。

国の未来やその繁栄の如何を左右する側面(子供たちの問題)を無視し、軽んじるイラク政府や国際機関に向けて、子供たちの笑顔と平穏を取り戻すため如何なる名によって呼びかけを行えば良いのでしょうか。『子供らしさ』や『無垢』の名においてでしょうか、それとも『母親たちの嘆き』や『人々の呻き』の名においてでしょうか。

 

窮状につけ込むことを止めてください。そのような人々を裁いてください。そして子供たちの問題に目を向けてください。そして解決策を模索し、子供たちをこのような状況から遠ざけてあげて下さい。

 

 

 

 

バン・ガーニム・ラフマーニー

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