33年前の今日

信州、松本は桜吹雪から、やわらかな新緑に移るこの時期、水田に水が張られ、ジャガイモの植え付けがひと段落する。
 遅い春が、辺り一面に彩りを添えていく時だった。1986年4月26日、畑地に人々が出て農作業が始まっていた。チェルノブイリ原子力発電所で大爆発事故が起きたのだ。33年の月日が経った今日この日、私たちは、利便性をもたらす科学には両刃の剣のように、いのちを脅かす負の因子があることを思い知る。
 地図から消された村々は、二度と戻ってこない。石棺を修復して、新たに覆ったシェルターは、100年持つと言われた。しかし、それからの100年はどうするのだろう。さらに大きなシェルターをかけるのか。取り返しのつかない原子力エネルギーの末路を目の当たりにしたチェルノブイリ原発事故だ。
 私たちは、ここから新しい暮らしを作っていきたい、と願う。原子力エネルギーに頼らない生活を工夫していきたい、と願うチェルノブイリ・メモリアル・ディのこの日。
今朝、出勤した事務局長とリカァ先生が事務所の窓から見下ろす桜をバックに
写真を撮り合って盛り上がっていました。そういえば数年前、神谷事務局長がナージャ先生と植林したベラルーシの桜は今どうしているかな?
とふと思いました。

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