失われた信頼、殺される医師たち
イラクにおける一人あたりの医師、看護師の数は、イラクより貧しい国と比べると少ない。
各国の評価によると2018年のイラクの看護師数は2.1/1000人、ヨルダンは3.2/1000人、レバノンが3.6人/1000人である。
医師に関してはヨルダンでは2.3人/1000人もいるが、イラクは0.8/1000人と中東地域の中でも非常に少ない。
医師たちによると、サダム・フセインの時代でも決して医師がバラ色の生活を送れていたわけではないという。
当時のイラクでは国連主導によるオイル・フォー・フード(食料のための石油)・プログラムが実施されており、石油を輸出する代わりに医薬品などの人道物資がイラクに供給されていた。それにも関わらず薬品は不足していたし、医師は酷い給与に嘆いていた。また医師は希少な人材とみなされていたため、外国旅行は禁止されていた。
しかし、ある医師はこう語る。
「少なくとも安全は確保されていたし、誰も医師を攻撃したりはしなかった」
イラク医師協会によると、米国がサダム政権を崩壊させた2003年以降、少なくとも320人の医師が殺害されている。
2003年以降、宗派対立やイスラム系武装勢力の問題が生じており、殺された者以外にも数千人が誘拐されたり、脅迫されたりした。
サダム時代でも医療者がブローカーに多額の金を払い、高いリスクを冒してまでもイラクを出ていくケースはあった。ただ、アメリカによるイラク侵攻後は移住するケースが非常に多くなり、イラクの医療体制は3,800万人の国民に対応することができなくなってしまった。
医師会によると52,000人の登録者のうち、約3分の1近くに相当する20,000人の医師が90年代初頭からイラクから脱出してしまったという。
またインタビューに応じたある医師によると、2005年に卒業して医師になった者300人のうちの半数がイラクを出ていったそうだ。加えて、彼の2人の親友、また2人の甥、叔父1人(彼らは皆医師である)も国外に出ていった。
アブドゥル・アミール・フセイン医師会長は率直にこう言った。
「患者の数に対して医師や病院が不足しているんだ」
医療体制の崩壊は医師と患者の間の信頼を砕いた。
患者の治療中に何かトラブルが生じてしまった場合、その患者の一族が医師に危害を加えるケースも珍しくない。
ある若い医師はこう語る。
「患者が亡くなった際、その家族に連絡する前に、不測の事態を想定してまず警察に連絡するんだ」
若い医師のかつての同僚の2割がアカデミックな分野に転向した。教鞭を取る方が臨床医として働くよりも安全であり、より敬意を払われるからだ。
(公務員の)医師の給与はおよそ月700$から800$ほどである。そのため医師の多くは安い給与を補填するために民間での副業を探している。若い医師は過労に苦しめられており、ある医師は日に12時間から16時間も働いている。
またある医師によると、同僚は特定の薬品の処方箋を出すことで(薬局などから)キックバック(不当な賄賂)を受け取っている者もいるという。
またベテラン医師は午前に公立病院で患者を診察した後、午後はその患者を自身が保有するプライベートクリニックにも来院させることで、収入を増やそうともする。
こうした行為が患者の公立病院に対する信頼を失わせているのだ。
医師の長時間勤務は医療行為にも悪影響をもたらし、それが医療過誤につながり、さらには患者一族から医師が危害を受ける事態にまで発展する。
また一部の医師は治療に必要な薬品を自ら負担している者もいる。
それが良心から生じたものなのか、患者側から危害を加えられないようにするためなのかはさておき、こうした行為は規則に反するものだ。本来、病院にいる患者に与えられる薬品は病院内の薬局から処方されるものでなければならないからだ。こうした行為により刑事罰が適応されることもあるのだ。
(続く)
これはロイター通信が作成したイラクの医療事情レポートを翻訳したものです。
イラクの医療事情問題の把握にとても役立ちます。
アラビア語版
https://ara.reuters.com/article/topNews/idARAKBN20P1ZF
英語版
https://www.reuters.com/investi…/special-report/iraq-health/
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