ブックタイトルグランドゼロ107号
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「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。
47で15代楽吉左衛門が黒楽茶碗を焼く場面を見た。楽窯は一度に1個だけの焼き物を鞴ふいごを使って火力や炎の状態をコントロールして焼く。その炎も呼吸をするように輝いていた。男達が精魂傾けて作る「黄金色の炎」には、「神」と呼びたくなるようなものが宿るのかもしれない。 和歌山では毎日のように食べるという茶粥の作り方を友人に教わったことがある。米の旨味が番茶の味わいと一体化して、シャバシャバ、サラサラと喉を通り、胃にも優しく、我が家の食卓に登場するようになった。 炭焼き仕事の「一服」には、冷えた茶粥をすする。炭焼き作業で火照った身体を冷えた茶粥が冷まし、水分と栄養を補給する。「ああ、それは美味しいだろうなぁ?」と物語を読みながら茶粥の美味さが私の口中にも蘇る。 茶粥を食べながら、煉らしにまつわる父の昔語りが始る。 ある時、それまで順調だった炭焼きの煉らしが利かず、窯の真ん中に黒い塊があらわれる。その塊は人の姿に変り、赤い綿入れを着た女の子が思い詰めたような目でこちらをみつめていた。その窯には忌まわしいできごとが隠されていたのだ。 和歌山で炭焼きを生なりわい業としていたこともある著者の文章からは、かつての和歌山の濃密な山々の息吹きや動物昆虫の息づかいまで伝わってくる。そしてどの物語も語り出しから、物語の行く先に何か「良くない事」が起こるに違いないという胸騒ぎを感じさせ、それが読者をいっそう物語に前のめりにさせる。予感通りにただならぬことが起こり、あやかしが出現し、人々は静かにそれを受け入れ、淡々と終焉に向かう。目に見えないものを慈いつくしみ、畏怖し、敬うやまう暮らしが語られていく。 そして全編を通じて伝わってくるのは深い哀切の念だ。もはや今の私たちの体力や辛抱の無さでは保持できない炭焼きや猟師や筏いかだの技、その技が作り出す、例えば美しい備長炭のような暮らしのための品々。そしてそんな仕事と密接に繋がっていた「自然」。 消えていくそれらへの惜せきべつ別の思い。すぐにお金にならないもの、利益の薄いもの、目に見えないものは不要なものとされて切り捨てられていく。損なわれ失われていく世界を語りながら、どこまでもおおどかなのもこの小説の魅力である。 半世紀前と30年後の物語、過去の物語には失ったものへの哀切が、未来の物語には荒涼とした寂しさが、目に見えないものを慈しんでいた時代と、目に見えないものは無いことにしたい今。 過去の物語の世界が、その語り口も含めて愛おしい。