ブックタイトルグランドゼロ104号
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「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。
47二〇〇六年十月十六日付・信濃毎日新聞「『沖縄』を見つめる」沖縄県今なきじん帰仁村在住の作家目めどるましゅん取真俊氏の指摘には、寸分の狂いもありません。少し注意して見れば、マスコミに溢れる情報の中にも、「沖縄」を消費や搾さくしゅ取の対象とする傾向が否めません。ましてや、沖縄の歴史と現実に対して、自らの心の内に誠実な敬意や反省も伴わないままに「美しい国」について論じることは、あまりにも慎みを欠いています。あの日、米軍の戦闘機が飛び交う空の下で少女が歌ったのは、テレビドラマの挿入歌としても使われた沖縄の子守歌『童神』でした。当時校長を勤めていた安里盛市氏に宛てた書簡の一節にこうあります──、沖縄の子供たちは、本土の子供たちより較べものにならないくらい学ぶ力をもち、よい資質をもっているのに、何故破産してしまった本土の教育のあとを追っかけることに窮々として、珠玉のような沖縄の子供のもつ貴重な資質を泥土に委ねるようなことをするのか。「沖縄で投げかけ、残したもの」明治以来、中央政府から本土への同化を強要され続けて、その伝統や文化を不当に貶おとしめられてきた沖縄の子どもたちの内に、彼は一条の光を見ていました。それと同時に、「本土の教育」にやがて何が起こるのかを予見していたのです。子どもたちのいじめや自殺も、隣人の痛みに無関心な大人社会の姿も。結局沖縄は、琉球処分から百数十年間、日本の「植民地」だということ。基地を押しつけておいて、そこは見ようとせず、日本の中にある亜熱帯として異国情緒だけを楽しんでいる。