ブックタイトルグランドゼロ104号
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「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。
34こんにちはわたしは福島県出身で、原発事故で被災しました。実家は福島第一原発から15キロ南の楢葉町にあります。放射線がだいぶ低くなったということで、町は帰還を宣言し、この春には人が住めるようになります。私は、かつては祖父と両親と4人で暮らしていましたが、震災後はそれぞればらばらで暮らすようになりました。父は福島県相馬市、母は横浜市、私は通っていた福島県いわき市の高校のそばでひとりで暮らしをしました。祖父は東京の親戚の家に避難しましたが、持病を悪化させ、去年の5月に亡くなりました。私の家族は4年経っても、将来どうするか決めることができません。楢葉の家に帰りたい。けれどそれは現実的な選択ではない、しかも今となっては避難先の生活を直ちに捨てるほうが難しい、という迷いが私たちをはばかっているのだと思います。私は先月、福島の実家を見てきました。1年ぶりでした。楢葉町は、お盆や正月は、町に申請を出せば宿泊ができるということで、我が家も家を片づけて家族・親戚が楢葉の家にみんなで集まっていました。なので先月も、家の中は人の居た感じがなんとなくあって、新調した冷蔵庫の中も食糧が少しだけ残っていました。私自身は、お盆も正月も楢葉には行きませんでした。将来この家に本当に暮らすのかわからないのに、思い出だけむさぼって、切なくなるだけだと感じました。私は楢葉にはもう2度と帰りません。先月楢葉に行ってみてそう思いました。得られるものは何もないし、むしろこの家があるからこそ我が家は楢葉をあきらめきれない、前に進めないのではないかと、思いました。だからわたしはもう帰りません。思い出は思い出とし3.8つながろうフクシマ・ひろげよう脱原発in松本城メッセージ松本友子(信州大学2年)