ブックタイトルグランドゼロ104号

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概要

「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。

32『小さき声のカノン』と出会って三田れい子私がJCFを知ったのはリカ先生を通してでした。リカ先生が初めて日本にお見えになった時、私はある子供会の役員をしており、リカ先生に下手な英語で「是非、子供たちにイラクのことを話して下さい」とお願いしました。ところがその後、私が追突事故に遭い、全ての仕事から手を引くことになりました。その一年後に東日本大震災が起きました。リハビリを兼ね絵画教室に通い始めオレンジのフリージアを描いている時大きな揺れがきました。事故に遭い失業した私がやっと動きだしたところでしたのでテレビを見て毎日泣いていました。自粛のムードはしばらく続きましたが被災地以外は経済を回復させるべく動き出しました。その動きとともに見えない放射能の事は案外早く私の頭から消えたと思います。リカ先生との二度目の出会いは先生がイラクに帰国されてすぐに訪れました。沢山の問題を背負っての来日。私もできる限り支援をしようと動き始めました。イラク支援のバザーをがんばりました。ところがどうにもならない首の痛みで緊急入院。同室の人は中東に5年もいた女性でした。その女性は新聞を見てずっとリカ先生に手紙を書きたいと思っていたそうで、退院時にアラビア語の手紙を託されました。アラビア語が話せる彼女のお陰でリカ先生とのつながりが深まりました。入院中、彼女が語った中で一番印象に残っている事は「お世話になったイスラム教の人はみんな温かくていい人だった」ということ。その言葉は鎌田先生の本の中で私はもう一度目にすることになるのです。彼女とリカ先生の家を訪ねた時、放映されていたのが湯川さんと後藤さんの救出を願うニュースだったことは忘れられません。その後悲しいニュースが流れ、その時流した涙が今は後藤さんの遺志を引き継ぐひとりになるという決心に変わりました。その後リカ先生を通じJCFを少しずつ知るようになり、4月25日のチェルノブイリメモリアルデイのイベント向かって右から三田れい子さん、三好礼子さん、JCF横内松本市内のベレファ・カフェで