ブックタイトルグランドゼロ103号
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「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。
511994年出版の短編集『神様』に収められた1編「神様」は、遠い昔、人間や、動物や鳥や、海・川の生き物たち、草花や木々が互いに行き来したり、入れかわったりしていた話や民話の世界をそっと差し出してくれている。幼い子たちにみっしりとまとわりつかれながら書き上げた物語というが、ヒトになる前の世界と生れ出たこの世をつなぐ通路をしばらくは行ったり来たりしているらしい小さな生命が手を引いてくれていたのかもしれない。本書は震災のあった2011年の秋に出版された。「著者にとって生まれて初めて活字になった作品」という『神様』を先に、『──2011』があとにつづくかたちで1冊にまとめられている。「あのこと」以来、防護服を着用せずに外出するのは初めてだが、熊にさそわれての散歩にワタシは出かける。夏の陽射しも、川から渡ってくる涼やかな風も、川をすいすい泳ぐ小さな魚たちも、熊がざぶざぶと水に入って掴み取った魚もキラキラと光って、「あのこと」の前と少しも変わらない。けれど、同じ道を歩きながら見る光景は、除染のため掘り起こされた水田の土くれであり、ふたりが交わす会話は「被曝許容量」や「累積被曝量貯金残高」や、天気予報の一部になったような「SPEEDEI」の風向予報だったり。川原には子どもたちの駆け回る姿も、歓声もない。家族連れも釣りに興じるおとなたちの姿もみえない。むこうに防護服の男が2人。しん、とした風景が広がっている。2つの作品を別々に読んだら、寸分たがわない物語として読み過ごしたかもしれない。集団的な無意識か故意なのか、私たちが現実に向きあう世界でも「あのこと」にはうっすらと霞がかかり、多くの人の記憶からも遠のいていっている。ささやかな日常を形作っていた欠片の数々がどんな宝石よりも大切だったことに気づいても、「あのこと」のあとでは何もかもがすっかり違ってしまった。淡々と静かに描かれる神々からの祝福にみちた物語と、「文明」の神々によって崩壊した世界の物語を同時に読みながら、それでも、視界から消え去ろうとしているものやことの意味を、自らの意識と眼をこらし、考え続けなくてはと思う。