ブックタイトルグランドゼロ101号
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「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。
34の色々な薬品や前段階に必要な乾燥機器、また薬品使用後の喚気装置など大掛かりな機器が多く一部屋を専用としまるで研究所のようでした。測定方法も難しく、現在は試験運転中だそうです。「たらちね」のスタッフの多くは、原発事故前は放射線について何も専門知識の無かったお母さん達です(β線測定器のみ専門の知識を持ったスタッフを雇用)。しかし説明をしてくださる現在の姿からはそのようなことは感じられず、随分自分たちでも勉強し、努力をしてきたのだろうと思いました。福島県の中の複数ある測定所のなかには閉鎖したところもあると聞きます。「たらちね」が徐々にこのような体制を作ってきた源には母親としてこどもを放射能から守ろうという強い気持ちがあったからだと思います。JCF事務局も年々依頼測定が減少気味ですが、長野県も放射能に汚染されていることを忘れず定点観測(土壌、山菜等)や、結果のいかんにかかわらず測定を継続しデータ化して未来へのメセージにするなど参考にしたいと思います。そして自分を含め、人々が慣れることで安心してしまうことが危険であることを再認識していかねばならないと思います。最後に自分が2年前に南相馬を訪問した時は外には人影はなく、ましては自転車に乗っている人など見かけませんでした。今は子どもが外で運動会をしたり、自転車に乗っている人も何人かみたり、絆診療所の入っている仮設住宅の周りにも新しい住宅が立ち並び、事故から3年たちもう何も無かったような生活に戻っているように見えました。南相馬からの帰路で迷い込んだ飯舘経由川俣へのルートは本当に自然豊かで景色がよく飯舘の人々はこの豊かな自然の恵みに感謝しながら穏やかに暮らしていたのだろうと思いました。しかし心細く思うほどの山道に突然除染する人々や車が出現した時は、こんな場所も除染するのかと、とても驚きました緑の杉林が続いてきたところに、山の表面を削り取られ茶色の山肌が見え測定のため溶液化した試料