ブックタイトルグランドゼロ100号

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グランドゼロ100号

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概要

「グランドゼロ」は、訪問団やセミナーなどJCFの活動の様子、事務局からのお知らせなどを掲載した季刊誌です。

19や教科書などを取りに戻りました。いわき市で一人で暮らしていたときは水道水やスーパーの野菜など、放射能のことは特に気にせず食べました。今になって、私のからだは大丈夫なのだろうかと、心配になります。一人暮らしのときは、自分が置かれている状況を理解するのに時間がかかりました。地震が起きて、原発が爆発して、家に戻れなくなった。私の朝は、自分の身に起きたことを確認することから始まりました。どうして私はここにひとりで住んでいるのだろうと、毎日思いました。朝、目が覚めたら、もとの自分の家だったらいいのに、何もなかったことにできたらいいのにと、いつも思っていました。一人暮らしのあいだ私は強い憎しみや恨みを感じて生活してしまいました。福島では、原発の話は誰ともすることができませんでした。原発がないと成り立たない町だったので、いつもまわりの顔色をうかがっていて、原発に対して賛成・反対の意思を示すことはしませんでした。私の生まれた町では、小学校から中学校にかけて、「原発は安全で、すばらしいものだ」と教わりました。授業で、原発や資料館を何度も見学しました。新潟の刈羽原発も見学しに行きました。食べ物や校庭の石など、身の回りのものの放射能を測定する授業もありました。生まれたときから町に原発があって、友だちの親も東電に勤めていました。原発を特別なものだと思ったことはありませんでした。私はそういう環境で育ちました。残念ながら福島の友人は今も、「原発は必要だ」「自分たちの町には原発がないとだめなんだ」と言っています。小さいころから「安全神話」のもとで生活してきたので、原発のない自分の町をなかなかイメージできないのです。実は、私もそのひとりでした。被災してふるさとに住めなくなっても、しばらくは、原発がないと福島は復興しない、と思っていました。私の友人は、あの事故でいちばんの被害を受けていながら、それでもまだ、原発に強く固執しているのです。原発は、そして「安全神話」は、人の心までも、こんなに操ってしまうものなんだと、本当に恐ろしく、そして悲しく思います。私は福島を離れてから、ずっと危機感を抱いています。今の日本は、もう原発事故などなかったかのように物事が進んでいます。確かに、今日のように福島のことを考えてくださる方はたくさんいます。しかし、街を見渡すと、3年前の原発事故は明らかに風化しています。福島で被災したことは、私にとって自慢でもないし、自分から進んで打ち明ける話でもありません。でも、少しずつでもいいからフクシマのことを語り継いでいかないと、このまま全部忘